2003年04月29日

野菜づくりについて

「食」は、生き物全てにとって最も根源的な営みであり、歓びの源泉です。

人は、古より豊作を祈り種を植え、育て、そして実り(収穫)を祝い、踊り、歌いました。
そこに私たちは、生きる歓びを祝う、もっとも原始的なアートや芸術のプロトタイプを見ることができます。

現代、向島等の下町には大ききな庭こそない場合が多いものの、軒先の小さなスペースや、空き地等で花や観葉植物等を育てるのが慣習になっていることが多く、それが隣近所のコミュニケーションの促進剤にもなっていたりします。

都会で緑を増やすことは他にも様々な、重要な意味を持っています。近年の地球温暖化問題は、主に都会部が原因になっていることが多く、屋上緑化等の重要性が叫ばれていますが、屋上だけでなく、軒先やベランダ等の何気ないスペースの緑化がとても効果的であることもわかってきています。

家庭から出る生ゴミは、普通にゴミとして出してしまえば、消却され※1、環境負荷の大きな一因となりますが、上手く処理し分解させれば、植物にとってはとっても栄養豊かな土になります。生ゴミから堆肥を作り※2、野菜を作り、それを食べて、出たゴミをまた土に戻す。都会での小さな小さなリサイクルの環が実現します。

※1 日本は世界有数のゴミ焼却処理大国です。他の多くの先進諸国ではリサイクルへの取り組みが着々と進んでいます。

※2 多少臭いは出ることがありますが、密閉容器を使うなど適切な処理を施せばほとんど気にしない範囲で済みます。都会では(現代の生活では)生ゴミや排泄物等の臭いさえも化学的に処理し、そこに大量のエネルギーが投入されたりする等して、環境への負荷に一役買っていることを忘れてはなりません。畑や草原の緑の臭い、土の臭い、肥だめの臭い、覚えていますか?

日本の食料自給率の低さは有名ですが、これからは、都会での身近なところでの小さな菜園にも注目が集まる時代になるでしょう。

こうしたことを踏まえ、まず「みのりの祭」の第一歩として、向島にあるまちづくり事業用地(空き地)での野菜づくりをはじめました。菜園ではマチの人との交流が自然と生まれて来ています。これらの種を「みのり」(祭)にするべく、マチの人やアーティスト、まちづくりの専門家等によるミーティングプロジェクトを発足しました。これから秋にかけて、そして来年以降、様々なイベントがそこから生まれることでしょう。

また、生ゴミのリサイクル(堆肥化)の呼びかけを始めています。基本的には「みのりの祭」ではこうした有機肥料による栽培を推進しますが、それを強制することはしません。身近な、小さなことからの生活の改善こそが大切だと考えます。

投稿者 furu : 19:43 | コメント (1)

2003年04月01日

●みのりの祭的「祭」の条件 四箇条

壱 「はれとけ」(非日常と日常)が繰り返すことによって生まれるダイナミズムである。
弐 企画者、参加者、観客、アーティスト、おはやし(場をもりあげる人)、やじうま等の境界が無い、または曖昧である。
参 誰でも関わることができ、関わる人皆がつくりあげるものである。
四 関わる人が共通して認識できるコード(琴線)を有する。

(どなたか、ユーモアのセンスの無い私に代わり面白おかしい文章に翻訳してくださいな。)

投稿者 furu : 19:21